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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)4887号 判決

原告

東京都

右代表者

鈴木俊一

右訴訟代理人

浜田脩

被告

野田信一

右訴訟代理人

鈴木一郎

錦織淳

浅野憲一

高橋耕

笠井治

佐藤博史

黒田純吉

主文

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の建物を明渡せ。

2  被告は、原告に対し、昭和五六年五月一日から右建物明渡に至るまで月額金一万四〇四〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第1ないし第3項と同旨の判決及び仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和二七年七月五日、被告に対し、公営住宅法(以下「公住法」という。)及び東京都営住宅条例(昭和二六年東京都条例第一一二号、以下、単に「条例」という。)に基づき、都営住宅である別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、使用料月額金七〇〇円(昭和五五年七月一日以降は規定使用料月額金七八〇〇円、付加使用料月額金六二四〇円に変更された。)、保証金一四〇〇円で期限の定めなく使用を許可し、被告は本件建物に入居した。

2  その後、被告は、本件建物に隣接して、別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件増築建物」という。)を増築した。

3  (被告の本件建物への入居資格の喪失に基づく明渡請求)

(一) 都営住宅(公営住宅)は、住宅に困窮している低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであり(公住法一条)、従つて、都営住宅の入居者資格の一つとして、「現に住宅に困窮していることが明らかな者であること」が要件とされることは明らかであるが(公住法一七条三号、条例五条一項三号)、右の要件は、法の趣旨、目的からすれば入居時だけの要件ではなく、居住継続の要件でもあることが明らかである。

(二) 被告は、昭和五三年六月、別紙物件目録(三)記載の土地(以下「被告所有土地」という。)及び同目録(四)記載の建物(以下「被告所有建物」という。)を取得し、現在被告所有建物には、被告の妻、二女、父等を居住させているが、右建物は被告及びその家族全員が十分居住しうるものであり、従つて、被告が被告所有土地、建物を取得した時点で、被告は現に住宅に困窮している者に該当しなくなり、本件建物に入居を継続する資格を失つたものであるから、本件建物を明渡す義務が存在する。

(三) 原告は、被告に対し、昭和五五年一〇月一八日付内容証明郵便で、公住法二二条一項五号、二五条一項、条例二〇条一項五号に基づき、本件建物の明渡を請求した。

しかし、被告が原告の右請求に応じないので、原告は、被告に対し、昭和五六年一月二四日付内容証明郵便をもつて、同年四月三〇日までに本件建物を明渡すことを再度請求し、右書面は昭和五六年一月二六日、被告に到達した。

4  (都営住宅の管理の必要に基づく明渡請求)

(一) 原告は、被告に対する前記昭和五六年一月二四日付内容証明郵便において、被告が同年四月三〇日までに本件建物を明渡さない場合は、公住法二二条一項五号、条例二〇条一項六号(管理上必要ある場合の使用許可の取消及び明渡請求を定める規定)に基づき、本件建物の使用許可を取消す旨の意思表示をなした。そして、右意思表示は借家法の解約の申入れの効力をも有する。

(二) ところで、東京都における住宅事情は、現在もなお深刻であり、公営住宅は真に住宅に困窮する人々を人居させるためのものである。しかるに、前記第3項記載のとおり、被告は昭和五三年六月、被告所有土地、建物を取得し、現に住宅に困窮している者に該当しなくなつたのにも拘らず、本件建物の使用を続けており、これは本件建物をセカンドハウス化するものであつて、都民の貴重な共同財産の私物化であるといえ、到底許されるべきではない。そして、被告のこのような本件建物の使用を認めることは、都営住宅の管理について近隣者の不信を招くことにもなり、都営住宅の管理上重大な支障をきたす結果となる。

従つて、前記原告の被告に対する使用許可の取消の意思表示には、都営住宅の管理上の必要があり、これは借家法一条ノ二の解約の申入れについての正当事由にも該当するから、右意思表示の到達した昭和五六年一月二六日から六ケ月が経過した同年七月二六日には、原告・被告間の本件建物の使用関係は終了している。

5  (都営住宅の不使用に基づく明渡請求)

(一) 被告は、第3項記載のとおり、昭和五三年六月、被告所有土地、建物を取得した後、少なくとも昭和五四年八月から約二年間は原告の許可を受けることなく本件建物を全く使用しておらず、被告の右行為は、条例二〇条一項三号(許可なく一五日以上都営住宅を使用しない場合の使用許可の取消及び明渡請求を定める規定)に違反しているものである。

(二) 原告は、被告に対し、昭和五七年一一月五日の本件口頭弁論期日において、条例二〇条一項三号に基づき、本件建物の明渡をなすよう請求した。

6  よって、原告は、被告に対し、公住法二二条一項五号、二五条一項、条例二〇条一項五号または六号あるいは三号に基づき、本件建物の明渡と公住法二五条一項、条例一八条二項に基づき本件増築建物の収去を求めるとともに、昭和五六年五月一日から右明渡に至るまで月額金一万四〇四〇円の割合による本件建物の使用料相当損害金(条例二〇条一項六号に基づく請求の場合は、昭和五六年五月一日から同年七月二六日までは滞納使用料、同条同項三号に基づく請求の場合は、昭和五六年五月一日から昭和五七年一一月五日までは滞納使用料)の支払を求める。

二  請求の原因事実に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実は争う。

公住法一七条及び条例五条は、その配列、表題、他の規定との関係等からみて、公営住宅(都営住宅)への「入居申込」の要件を定めたものにすぎず、「居住継続」の要件ではないことが明らかである。

(二)  同3(二)の事実のうち、被告が被告所有土地、建物を取得した事実及び右建物に被告の二女が居住している事実は認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

(三)  同3(三)の事実は認める。

4(一)  同4(一)の事実のうち、原告が被告に対し、昭和五六年一月二四日付内容証明郵便において、被告が同年四月三〇日までに本件建物を明渡さない場合は、公住法二二条一項五号、条例二〇条一項六号に基づき、本件建物の使用許可を取消す旨の意思表示をなした事実は認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同4(二)の事実のうち、被告が昭和五三年六月、被告所有土地、建物を取得した事実及び被告が本件建物の使用を続けている事実は認めるが、その余の事実は争う。

5(一)  同5(一)の事実のうち、被告が昭和五三年六月、被告所有土地、建物を取得した事実は認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

被告が本件建物の居住を中断したことは一度としてない。

(二)  同5(二)の事実は認める。

三  被告の主張

1  公住法上、入居者が自己名義の建物を取得したことは何ら明渡の事由とされておらず、また入居者が住宅困窮者ではなくなつたことを理由に明渡請求ができるとする余地はない。このようなことを認めると、入居者らは何の落度もないのに拘らず、永年住み慣れた住居地域社会を追われ、永年形成した人間関係を失うかも知れない立場に置かれる。人間と住いの関係は、単に物理的なものではなく、地域社会や人間関係を伴つたものであり、このような意味での居住継続は強く人権として保証されるべきである。

2(一)  被告は、昭和三〇年五月に結婚し、現在妻(昭和七年四月一日生)、長女(昭和三一年五月二一日生)、二女(昭和三二年一一月一八日生)、長男(昭和四〇年一一月一四日生)の五人家族であるが、子供らが成長して、本件建物だけでは狭くてとても住みきれなくなつた。

さらに、芸大声楽科の学生になつた長女が本件建物でピアノや声楽の練習をする都度、近所から苦情が出るようになり、ついには管理人からも善処するように迫られるに至つた。

そこで、被告は、長女の練習場所を他に求めざるを得なくなり、賃貸物件を探し歩いたが、結局適当なものが見つからず、困り果てていたところ、たまたま被告所有土地、建物のことを知り、その敷地の一部が道路計画予定地であるため格安であり、長女の練習に支障がないものであつたので、とりあえず全額借金でこれを取得して、娘達を移転させた。

その後被告は、昭和五九年三月、職を辞し、退職金で一括して右借金の返済をしたが、そのため被告ら夫婦は老後の資金もなく、右建物の早急な処分を検討中である。

(二)  右のように、被告はやむを得ない事情から娘達のために一時的、便宜的に本件建物を取得したものに過ぎないのであるから、原告が被告に対し本件建物の明渡を請求することは著しく不当であり、原告のいう管理上の必要も認められない。

3(一)  条例二〇条一項三号及び六号は、公住法、借家法にも規定されていない独自の明渡事由を創設したもので公住法による委任の範囲を逸脱し、借家法六条に照らして無効である。

(二)  即ち、同条同項六号の「管理上必要がある」とは具体的に何を意味するのか必ずしも明瞭でなく、その基準が具体的に決められるとしても、家主の側の一方的決定に基づいて明渡を請求されるというのでは、入居者の地位は著しく不安定なものとなり、このような明渡事由は、借家法や公住法のいかなる規定にも根拠をもつたものではなく、無効である。

(三)  また、同条同項三号の「許可なく一五日以上都営住宅を使用しないとき」に使用許可を取消しまたは住宅の明渡を請求することができるとするのも、借家法や公住法に根拠をもつものではなく、不正入居のおそれを根拠とするその実質的妥当性にも疑問があり、無効である。

仮に、同号の規定が有効であつたとしても、公営住宅の使用関係の性質は基本的には私法上の賃貸借契約であるから、同号に形式的に該当する場合であつても、それが賃貸人たる事業主体との間の信頼関係を破壊するとは認め難い特段の事由がある場合には、事業主体の長は、同号に基づき、公営住宅の使用許可を取消し、その明渡を請求することはできないと解される。

そして、本件において、被告に事業主体との間の信頼関係を破壊するような違反行為があつたとは到底認められないから、原告の明渡請求は失当である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は争う。

2(一)  同2(一)の事実は否認ないし不知。

(二)  同2(二)の事実は争う。

3(一)  同3(一)の事実は争う。

(二)  同3(二)の事実は争う。

(三)  同3(三)の事実は争う。

五  抗弁

(原告の被告に対する払下げの確約)

1 被告は、本件建物に入居するに際し、原告の職員から、将来本件建物を被告に払い下げることになる旨説明を受け、入居以来これを信じて今日まで本件建物に居住してきたのである。即ち、昭和二六年の公住法の制定当初は、公営住宅制度は居住者の定住を保障し、一定年数経過すればこれを居住者に分譲し、さらに大量建設をはかつてゆくというものであり、居住者らは定住、分譲を制度的に保障されていたのである。従つて、被告も本件建物はいずれは自分のものになると信じて、費用をかけて改良を重ね、その他住宅環境を整備してきたのである。

2 ところで、行政全体が自己の将来における作為、不作為を予め約束する意思表示を「行政上の確約」と呼び、行政主体はこの確約に拘束され、逆にこの確約に対する信頼は法的保護に値するものといわなければならないから、原告が前述のように本件建物を将来被告に払い下げると確約し、被告がこれを信頼した以上、原告は、被告に対し、本件建物を払い下げるべき義務があり、従つて、被告に対し、本件建物の明渡を求めることは許されない。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原告1の事実、即ち、原告は昭和二七年七月五日、被告に対し、公住法及び条例に基づき、本件建物につき、使用料月額金七〇〇円(昭和五五年七月一日以降は規定使用料月額金七八〇〇円、付加使用料月額金六二四〇円に変更された。)、保証金一四〇〇円で期限の定めなく使用を許可し、被告は本件建物に入居した事実及び同2の事実、即ち、その後被告は本件建物に隣接して本件増築建物を増築した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、被告の本件建物への入居資格の喪失に基づく明渡請求について判断するに、請求の原因3(三)の事実、即ち、原告は被告に対し、昭和五五年一〇月一八日付内容証明郵便で、公住法二二条一項五号、二五条一項、条例二〇条一項五号に基づき、本件建物の明渡を請求したが、被告が原告の右請求に応じないので、原告は被告に対し、昭和五六年一月二四日付内容証明郵便をもつて、同年四月三〇日までに本件建物を明渡すことを再度請求し、右書面は昭和五六年一月二六日、被告に到達した事実は、当事者間に争いがない。

2  ところで、公住法一条によると、公営住宅(都営住宅)は、住宅に困窮している低額所得者に対して、低廉な家賃で賃貸することにより国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであり(公住法一条)、公営住宅の家賃が一般の賃貸住宅に比して低廉であること、また、東京都における住宅事情は現在もなお深刻で、低所得者層の都営住宅に対する需要が高いのに、東京都内に右公住法の目的にそつた都営住宅の供給がなお十分でないことは、公知の事実というべきであり、その観点からも、都営住宅は真に住宅に困窮する人々のためのものであると解することができる。

そして、公住法及び条例は、公営住宅(都営住宅)の入居者資格の要件の一つとして、「現に住宅に困窮していることが明らかな者であること」を規定しており(公住法一七条三項、条例五条一項三号)、右要件は、その条項の配列、表題等からのみ判断すると、入居者の選考の際、即ち、入居者の入居時だけの要件であるとも解せないこともないが、都営住宅の入居者資格としては、他に収入が一定額以下であることが必要とされ(条例五条一項四号)、公営住宅(都営住宅)に入居した者が後日一定額の収入を超過するに至つた場合には、その明渡を請求することができる旨も規定されているのであつて(公住法二一条の二ないし四、条例一九条の七)、それが低額所得者で住宅に困窮している者にのみ、低廉な家賃の公営住宅(都営住宅)を賃貸しようとする趣旨であることは容易に推認することができ、さらに前記公住法一条の趣旨及び都営住宅の需要と供給の現状等からみると、入居者が他に移転することが可能な住居を取得するなどして、現に住宅に困窮している者に該当しなくなつた場合にまで、なお公営住宅(都営住宅)の入居を継続して認めておくのは妥当でないと解されるのであつて、前記「現に住宅に困窮していることが明らかな者であること」の要件は、単に入居者の入居時だけの要件ではなく、入居者の居住継続の要件でもあると解するのが相当である。

従つて、都営住宅の入居者が、他に移転可能な住居を取得したときは、それにも拘らず、なお当該都営住宅の入居を継続することを正当とするような特段の事由のない限り、原則として当該入居者は都営住宅の入居資格を失い、それをそのまま継続することは、条例五条一項三号に違反するに至るものというべきであつて、都知事は当該入居者に対し、公住法二二条一項五号、二五条一項、条例二〇条一項五号により、当該都営住宅の明渡を請求することができると解すべきである。

もとより公営住宅(都営住宅)の使用関係の法的性質は賃貸借であつて、特別法である公住法のみならず、一般法である民法、借家法等も適用されるものと解するところであるが、公住法二五条一項を受けて制定された条例五条一項三号、二〇条一項五号を右のように解釈したとしても、公営住宅(都営住宅)の特殊性からみて、何ら民法、借家法等の規定に抵触するものでもない。従つて、これと解釈を異にする被告の主張は採用しない。

そして、本件における被告については、後記認定のとおり、その主張事実では、未だ本件建物につき、入居を継続することを正当とする特段の事由と認めることはできない。

3 次に、被告が被告所有土地、建物を取得し、現に右建物には被告の二女が居住している事実は当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉を総合すれば、被告は昭和二七年七月に本件建物に入居し、昭和三〇年に結婚して一男二女をもうけたが、子供らが成長して本件建物が手狭になつた上、昭和五二年に長女が芸大声楽科に入学して、自宅でピアノや声楽の練習をするようになり、その騒音につき近所から苦情が相次ぎ、管理人からも善処するよう迫られるようになつたので、長女のピアノ等の練習場所として都合のよい賃貸物件を探して歩いたが、結局適当な住居が見つからずにいたところ、被告所有土地、建物のことを知り、長女の練習場所として支障がなく、価格も手頃だつたので、全額借金でこれを取得して娘達を住まわせたこと、そして、その後昭和五九年三月に、被告はそれまで勤めていた小学校の教職を辞し、退職金で右借金を一括して返済したこと、なお、被告所有土地、建物はいずれも昭和五三年六月二七日付で被告とその妻との共有名義に所有権の取得登記がなされていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、他方、前記争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、被告所有土地、建物は、その敷地は135.20平方メートルで、建物の床面積も廷べ106.38平方メートルあり、被告所有建物は本件建物と本件増築建物を合わせたものの約1.8倍の広さにあたり、その面積からみても十分被告の家族全員で居住することが可能である上、現在では右建物の一室を被告の二女の友人に賃貸してさえいること、被告の妻も娘達の面倒をみるため、しばらくの間被告所有建物に移り住んでいたことがあり、住民票も本件建物の方から被告所有土地、建物の所在地に移していること、被告も被告所有建物の方に週に数回寝泊まりしていたことがあり、被告名義で被告所有建物に電話も取り付けていること、また、昭和五四年八月から約二年間は、本件建物の水道、ガスの使用料は極めて少なく、少なくともその間被告が本件建物を生活の本拠として使用していたとは考えられないこと、そして、現在被告の長女はイタリアに留学中で、被告の長男も北海道の大学に入学して、そこで下宿していて、現在の被告の同居家族は二女を入れても三人にすぎないこと、さらに、被告は教職を辞した後も音楽教師のアルバイトをする傍ら、月額約金二二、三万円の年金収入があり、被告の妻も準公務員として年間約金一八〇万円の収入があること(被告の二女も日航の国際線のスチュワーデスとして年間手取り約金三七〇万から三八〇万円の収入があること)が認められ、収入面でも被告は決して困窮している者とはいえないものと推認され、右認定を覆すに足りる証拠はない(但し、〈証拠〉によれば、被告は現在長女及び長男に対し、月平均合計金三〇万円近くの金員を仕送りしており、このために被告は経済的なゆとりはないものと推認されるが、そもそもそのような大金を仕送りし続けることができるのは、被告が相当の経済力を有しているからであつて、被告が経済的に困窮していないことは、このことからも窺うことができるのである。)。

なお、〈証拠〉中には、被告の長女のピアノや声楽の練習ないし二女の居住のためにのみ、一時的、便宜的に被告所有土地、建物を取得したのであり、また、被告所有土地の一部は道路計画予定地となつていることもあつて、娘達が嫁いだ後は、早晩被告所有土地、建物を処分する予定になつているとの趣旨の供述部分が存在する。しかし、前述のとおり、確かに被告が被告所有土地、建物を取得した理由の一つには、長女の声楽の練習があつたことが認められ、また、現在被告らが経済的にゆとりがあるとまではいえないとしても、だからといつて、そのことから直ちに被告がその娘達が嫁いだ後は、被告所有土地、建物を処分しなければならない状況にあるとは認められず、被告所有土地の一部が道路計画予定地となつていることを認めるに足りる証拠はなく、また、現段階において、被告が将来被告所有土地、建物を売却するという計画が具体的に進行していると認めるに足りる証拠もないから、これらに照らしてみると、〈証拠〉はいずれもにわかに措信することができない。

4  従つて、右によれば、被告は、昭和五三年六月、被告ら家族全員が居住するのに十分な広さの被告所有土地、建物を取得し、右土地、建物に被告が居住することを妨げる事情とか、一時的使用のためにのみ右土地、建物を取得したなど、右土地、建物取得後も本件建物の使用を継続することを正当化する特段の事由も認められないから、右取得時点において、被告は住宅に困窮している者に該当しなくなり、建物に入居(使用継続)する資格を失つたものであると解するのが相当である。

三次に抗弁について判断するに、本件全証拠によつても原告が被告に対し本件建物の払下げを確約したものと認めることはできず、右抗弁はその前提事実を欠き理由がないというべきである。

四従つて、以上によれば、被告は原告に対し、条例二〇条一項五号、二項により、本件建物を明渡さなければならず、また条例一八条二項に基づき、本件増築建物を収去すべき義務が存在し、原告が明渡請求をしたのちである昭和五六年五月一日から右明渡に至るまで月額金一万四〇四〇円を下らない本件建物の使用料相当額の損害を原告に与えているものと認められる。

五よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(小野寺規夫 寺尾洋 山田敏彦)

物件目録〈省略〉

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